人は幸せなものを目の前にすると、「その後に不幸が来るかもしれない」と思ってしまって、目の前の幸せを素直に掴めないことがあるらしい
どういうことだ?と思っただろう
どういうことか説明すると、
例えば「宝くじで五億円当たったら?」という話になった時に、「五億円当たったら、その分の不幸が来そうで怖い」と答える人が一定数いるらしい
誰とは言わないが、以前同期と話している時に実際に聞いた
「絶対、その後に悪いことが起きる」
そういう発想らしい
俺には理解できなかったが、興味深い考え方だとは思った。考えてみれば、こういう発想の根底には「人生の幸福量は決まっている」という前提があるんだろうか?
「幸せの量は決まっているから帳尻を合わせなければいけない」
大きな幸せを得たら、どこかで同じだけの不幸を支払うことになる、という考えだ。だが俺からすると、それはかなり受動的な人生観に見える
幸せも不幸も外部から与えられ、
人はその総量の中で上下するだけの存在だという前提だからだ
だが実際には、人生は行動と選択で変わると思わないか?
全部、自分の手で掴めばいいと思う
まあ、話の冒頭に戻るが、
「宝くじで五億円当たったら?」という質問があるが
俺の答えは、自分の実力で五億円を稼ぎたい
これしかないな
どうしても俺にあげたいというなら、貰えるものは貰っておくが、やはり自分の力で手に入れたいと思う

いい写真が無かったから、撮り急ぎで用意した
前髪をあげた若は需要あるあるだろうと思ってな
まあまあ似合っているんじゃないか?
