『最後の晩餐』戦車と愚か者

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戦車「いたっ…」


ボロボロになった戦車は、人けのない場所で息を潜めていた。どこか惨めで誰もが諦める戦い。しかし、その姿とは裏腹に、戦車の内部では未だ闘争心と勝気な心がくすぶり続けていた。包帯を巻きながら、戦闘への準備を整えると、突如として近づく足音が聞こえた。人数は1人のようだ。戦車は即座に戦闘体制に入る。近づいてきたのは武器を持たない愚か者であった。


愚か者「わー。痛そう…」
戦車「…」
愚か者「ねえ。おにぎりいる?」


愚か者は戦車におにぎりを差し出した。いつの日かもわからない。もしかしたら腐敗しているかもしれない。中身が何かもわからぬ、そんなおにぎり。


戦車「いらねーよ。こんなの」
愚か者「そう?美味しいよ」
戦車「どっかいけよ」
愚か者「じゃあ半分こしようか」


愚か者はそう言うと、おにぎりを半分に割った。戦車は最初は無視していたが、愚か者が引かないので、とうとうそのおにぎりを受け取ることになった。ほのかに米の甘い香りが漂う。


愚か者「なんで戦うの?」
戦車「別にどうだっていいだろ」
愚か者「そんなに勝ち負けは大事?」


大事じゃないと言ってしまえば、これまでの自分を否定したことになる。愚か者は心配そうに戦車を見つめたが、戦車からすればその視線は鬱陶しいだけだった。


戦車「もういい。お前、どっかいけよ」
愚か者「…そうだ。はい。チョコレートもあるんだよ」
戦車「…」
愚か者「あれ?チョコレート嫌い?」
戦車「今、おにぎり食ってる途中だろ」
愚か者「あはは。たしかにそうだね」


愚か者は微笑んだが、戦車は目を逸らした。そして、愚か者が気付かないようにおにぎりを頬張る。戦車は、戦前の食事を好まなかった。美味しいものを口にすると、最後の晩餐のような気分になるからだ。


愚か者「ねえ。今日の夜空いてる?」
戦車「なんで?」
愚か者「よかったご飯食べに行こうよ。美味しいレストランを見つけたんだ」


愚か者がまた微笑む。戦車は、すぐに返事はしなかった。自分でもそのレストランにたどり着くための体があるかわからなかったからだ。しかし、今日の戦車はいつもより勝気だった。


戦車「不味かったら許さねーからな」
愚か者「うん。任せて」
戦車「じゃあ、いってくる」


愚か者は戦車を見届けた後、チョコレートをちびちびと口に含んだ。どうやら苦いチョコレートは好みではないようだ。愚か者は空を見上げながら、あの雲が綿菓子だったらちょうどいいのに、と穏やかな気持ちで考える。


愚か者「あーあ。美味しいレストラン探さないとなー」


〈終〉

今作は、愚か者が戦車に『とりあえずの生きる為の目標』を提示するという世界線。